|
石川光明 (いしかわみつあき) |
嘉永 5年(1852) |
浅草区松山町に生まれる。 |
文久 2年(1862) |
狩野素川のもとで四年間絵画を学ぶかたわら幕府官工の宮彫大工の父に家業の木彫を学ぶ。 |
慶応 2年(1866) |
菊川正光に牙角彫刻を学ぶ。 |
明治14年(1881) |
第二回内国勧業博覧会に牙彫魚籃観音を出品し、
妙技二等賞受賞。嵌入の衝立を出品し、二等賞受賞。 |
明治20年(1887) |
皇居造営室内装飾彫刻に従事(〜21年)。東京府工芸共進会審査員。 |
明治22年(1889) |
パリ万国博覧会に嵌入芦乗の達磨を出品し、銀賞受賞。第三回内国勧業博覧会審査官。 |
明治23年(1890) |
東京美術学校雇。第三回内国勧業博覧会に木彫鷲額面と牙彫老夫置物を出品し、
妙技二等賞を二個受賞。帝室技芸員に任命。 |
明治24年(1891) |
楠公銅像木型製作擔任。東京美術学校教授。 |
明治25年(1892) |
象牙観音の像彫刻に従事し、格別勉励につき慰労金受ける。 |
明治26年(1893) |
シカゴ・コロンブス世界博覧会に木彫額面観音を出品、優等賞受賞。 |
明治27年(1894) |
故山田伯記念銅標原型彫刻主任。
第四回内国勧業博覧会審査官、木彫軍鶏出品、妙技二等賞受賞。 |
明治32年(1899) |
パリ万国博覧会出品鑑査委員。 |
明治33年(1900) |
パリ万国博覧会に牙彫古代鷹狩置物出品、金賞受賞。 |
明治35年(1902) |
東京美術学校牙彫教室擔任。 |
明治36年(1903) |
第五回内国勧業博覧会審査官。 |
明治40年(1907) |
東京勧業博覧会審査官。木彫額面群羊図出品、
一等賞受賞。鴨の嵌入衝立出品、二等賞受賞。 |
明治43年(1910) |
日英博覧会に木彫群羊額面と鴨の嵌入額を出品し、
いずれも名誉金賞受賞。イタリア万国博覧会美術品出品鑑査委員。 |
大正 2年(1913) |
東京美術学校在官中死去。 |